警官の話

 

 二級刑事のボヤコフ・ウンザリスキは疲れていた。

 警官が撃たれたという非常呼集を受けたのが昨夜23時。蓋を開けてみれば、撃たれたのは署長が飼っていた猫で、自宅での銃の暴発という結末だった。パニックに駆られた女房が、警官しか知らない市警直通いわゆるホットラインを使ったことから話が混乱したのだ。救急車に乗せた猫を見送り、訳も分からないまま張った非常線を解除したころにはもうベッドにすべり込む時間はなかった。やり切れない思いを抱え、目をしょぼつかせながらボヤコフは分署の階段を登っていった。街はすでに太陽の熱を浴びてぐつぐつと煮だっているようだった。まるでロブスターになっちまった気分だ。けだるい月曜日の朝だった。有無を言わせずに新しい週が始まっていた。

 刑事部屋には夜勤明けの同僚が二人、そして珍しいことには遅刻常習犯の相棒がもう出てきていた。アフリカ系米国人のチョーシー・ジャンスンは、ウンザリスキを見るとにやりと笑った。

「ヘイ、だんな。昨日はニャンコに振り回されたってな」

ウンザリスキはにこりともせず返答した。

「おまえさんは電話も通じない世界の果てでよろしくやっていたようだな」

ジャンスンの笑みはさらに拡がった。

「そういうこと。ニャンコはニャンコでもおいらのかわいい子猫ちゃんってわけ」

「よし、その子猫ちゃんを俺に紹介してくれ。マタタビでもくれてやる。どのみち、もうジャンキーだろうがな」

ジャンスンはたまらず呵呵大笑した。

「さすがだんな、わかってらっしゃる」

ここで急に真顔に戻ると、とっておきのカウンターを出した。

「ところでだんな、今朝のラインナップはあんたの番だぜ」

ゆっくりと髭の下の唇がめくりあがる。ジャンスンの顔いっぱいにまた笑みが拡がった。

 暫く押し黙った後、「くそったれ」の一言を残すとウンザリスキは踵を返し刑事部屋を出て行った。背中でジャンスンの下卑た笑い声が聞こえた。

  この市では週末にうんざりするほどの人間が拘留される。窃盗犯、強盗、娼婦、ポン引き、詐欺師、酔っ払い。ひきも切れぬ犯罪者の顔を警官に覚えさせるために、本部では毎週始めに小悪党達の顔見せのラインナップが行われていた。各分署の刑事の誰かしらが出席しなければならない。効果の程はともかく、それがこの市の警察の伝統なのだった。もう何百回とラインナップをこなしている古株の刑事は、悪党達とは顔馴染みになっていた。次々に引き回される連中はウンザリスキにも知っている顔ばかりだった。あまつさえ親し気な笑みを送ってくる者もいた。隣に座っていた違う分署から出張っている顔見知りの刑事が小声でつぶやく。

「まったく懲りねえ奴らばっかりだよな?うん?」

答えるのも億劫なウンザリスキにかまわず、刑事は続けた。

「こんなやつらより、それこそカワイ子ちゃんのラインナップでも拝みたいよな?酒でも飲みながらさ?」

ウンザリスキはため息ともうなり声ともとれる声を発しただけだった。

「あんた知ってるかい?今年のミスなんとかはジャップがとったんだぜ。エキゾチックな日本娘と一度手合わせ願いたいもんだよな?うん?あんた、何件かかえてる?」

「・・・殺しが二件、たたきが三件・・・猫が一件ってとこだな」

顔見知りの刑事は昨夜の顛末をもう知っているらしく、にやにやしながらこういった。

「猫も死んだら二階級特進ってな?いや、死んでねえんだっけ?うん?お互い暇な世の中がきてほしいもんだよな。かわい子ちゃんのラインナップでも眺めてな?」

ウンザリスキは頷きもしなかった。

 

 担当事件の関係者を市内中探し回り、煮え切らない目撃者と電話の相手をし、たまっていた書類仕事もまだ終わらぬうちに一日はどんどん過ぎていった。途中で諦めて、書類を放り出した頃にはもう夜になっていた。帰りがけの行きつけのバーのスツールに腰を下ろして一息つく。不愛想だが、わかっているバーテンがいつもの酒をだす。はなから飲むにはきつい酒だが、ウンザリスキにとってはルーティンだった。やっと今日は終わりだ。今日は終わりだが、明日になれば明日が始まる。明日も今日と代り映えのしない一日だろう。今日が昨日と代り映えしなかったように。そして明日が終われば、また似たような明日の明日が来る。きりがない。どこかで休暇を取ろう。ハバナで陽気に酔っぱらうってのはどうだ。それとも、ラインナップの時の話じゃないが、ジャパンへいってビッグブッダを見物し、夜は芸者ガールと・・・夢物語であることはわかっている。そんな金も時間もないし、食っていくためには刑事稼業を続けなきゃならない。やることは今でも腐るほどある。それなのにまた悪党どもは次から次へと何かをやらかす。明日になればまた俺はやつらを駆り立てなきゃならないし、それでも性懲りもなく戻ってきやがる。月曜の朝の小悪党どものラインナップへ。ラインナップか。ウンザリスキは、誰かがカウンターに置いていった夕刊を引き寄せた。最終版のラインナップ。せめて明るいニュースが読みたかった。ほら話でもよた話でもいい、エッフェル塔を売っぱらっちまったとかホワイトハウスを黒く塗っちまったとか、笑える話はないものかとさして真剣に読むわけでもなく、活字を目で追った。官僚の汚職疑惑が、収まらない山火事が、またどこかの国の戦争が、またどこかの街での爆弾が、記事になっていた。またどこかで、また誰かが死んだ。またどこかで、また誰かが泣いているんだろう。

 ため息をついて新聞を投げ出すと、ウンザリスキはバーテンに人差し指を立て飲み物のお代わりを注文した。この世界に平和ってのはくるんだろうか。俺は平和を望む。殺人や爆弾なんて望んじゃいない。誰だってそうだというなら、なぜ世界は平和にならないんだ?爆弾や銃で世界が変わるなんて信じてるやつがなぜいるんだ?俺にはわからない。わからないが、いつかはくるであろう平和を信じて、明日も悪党をとっ捕まえるしかない。せめて、自分のやってることが1インチでも平和に近づく役に立ってると思ってな。片隅のラジオが、雑音交じりに高気圧がどうの風向きがどうのと呟いていた。聞き取りにくいが、とにかく明日も暑いことはわかった。明日だけではなく、今週いっぱいは熱暑が続くでしょう、といっていた。永遠にただれたような季節が続きそうな気がした。やめだ、考え事はやめだ。考えてもしょうがない。帰って、せめて夢の中では愉快なラインナップでもみよう。かわいい女の子のラインナップでも。残っていたグラスを一息に呷ると、飲み代をバーテンに渡す。そして、二級刑事ボヤコフ・ウンザリスキは未だに衰えない暑気の街の中へ出て行った。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)