歌唄いの話

 

 一昔前はこの町も景気がよかったんだがな、と爺さんはつぶやいた。爺さんは歌唄いである。長い間、ギターを背負って酒場から酒場へと渡り歩いてきた。爺さんはずっとそうやって生きてきた。

 ここに、まだちっぽけな宿屋と兼用の飲み屋、雑貨屋と兼用のガソリンスタンドしかなかった頃から、そして都会までの幹線道路がたこの足の様に伸びてきた時代も、また郊外に新興の街ができたおかげで忘れられた町で今も歌い続けている。

 よかった時代は、と爺さんは思い返す。ちょいと、戸口から覗けば、昼間の単調な仕事の捌け口を求めて詰めかけた工場の連中や、それを当て込んだ若い女達がわんさかいて、引っ張り込まれてはあれやれこれやれと歌わされたものだった。割れんばかりにギターをかき鳴らし吠えるように歌った。足元のギターケースには、女にいいところを見せようとした男達のチップが毎晩そこそこ入っていたものだ。夜の明けぬうちに酒場を回れば結構な稼ぎになった。店主には爺さんの嫌いな奴らもいたけれど、大方は話のわかる連中だった。よう、きたな。さあ、やつらをのせちまえよ。いい気分にさせて金を落とさせろ。客は何時でもいたし酒も飲めたし、たまには女にもありついた。うん、確かにあの頃が一番いい時代だった、と爺さんは独り言ちた。

 潮目がかわったのはいつからだろう。町にひとつだけの工場は取り壊され、畑や森は舗装された。隣の新興した市に、ジャックと豆の木の巨人でも入れそうな新しい倉庫がいくつもできた。そこで働く人間は人口の何倍にもなり、町は市に取り込まれた。さらに郊外には、小洒落た住宅街が広がり始めていた。繁華街には風俗店のネオンが輝いた。流行りの音楽はもはや、爺さんの歌とはかけ離れていた。長い髪の若者が増え、その素振りはどんどん荒っぽくなった。週末の酒場で泣いたり笑ったりといった光景は相変わらずだったが、その要因が以前とは違うのだった。それは、例えば薬だったり遠い場所の戦争だったりした。店から蹴りだされたり、刃物沙汰から逃げ出すということもあった。しかし爺さんは歌い続けた。爺さんの歌を愛してくれる人は、少なからず残ってはいたのだ。

 今はどこへいっても追い払われる爺さんであった。また時代は移り、もう話の分かる顔役などという存在がない。どの店の、経営者も出資者も見当がつかない複雑な仕組みになった。あっという間に流行っては消え、流行っては消える水物だけだ。巨大倉庫は徐々に閉鎖され、企業のシンボルマークは外された。外国に拠点を移したと新聞に書いてあったと聞いた。門には鎖が張られ、人気の無くなった建物はそれこそ巨人の棺桶のようだった。爺さんは街角で歌うようになった。交差点の片隅、バスステーションの裏のベンチ、昔は人で溢れていた駅前の広場。とても実入りは少なくなったそれでも爺さんは歌うことをやめないのであった。

 

 そろそろパトロールが巡回する時間だ。やつらも最近はやたらとうるさいからな、と爺さんはギターを降ろし手探りでケースを探った。爺さんは目が見えなかった昔からの知り合いや、老舗の店が辛うじて残っている界隈では“めくらのレモン”で通っていた。ケースの中を手探りすると、誰かが放り込んだペットボトルと新聞紙、それだけだった。新聞紙は手触りでわかるのだった。紙幣を触ればその額までわかるように。諦めのため息をつくと、新聞紙は畳んでポケットに押し込み、ペットボトルは放り出してギターを持つと歩き出した。通いなれた道筋は手に取るようにわかる。次の角まで何歩。左に折れ、通りを横断し、右へ曲がる。その先の細い路地を抜ければ、ねぐらまでもうすぐだ。風が冷たかった。

 路地に折れた瞬間、なにかに突き当たった

なんだ?」

爺さんは飛び上がらんばかりに驚いた。上ずった声が聞こえた。

「金を、金をだせ!これが見えるだろ」といった、その声は震えていた。

「なんだ、おい、強盗か。俺はめくらなんだよ。そりゃピストルかい?」

胸に固いものが押し当てられた。爺さんは中途半端に両手をあげた。

「偽物じゃないぞ、金だ、金を出せ!」

「悪いが俺もオケラだよ。遠慮なく済から隅まで探ってみな」

強盗の手があちらの隠しからこちらの隠しへとせわしなく動いた。出てきたのは皺くちゃの新聞紙だけであった。がさがさと新聞紙をまき散らす音と、「くそっ」と罵る声が聞こえた。

「めくらでも新聞は重宝すんだよ。古紙屋に売れるしな。もう手を下ろしてもいいかい?」

強盗は黙っていた。その沈黙を了解ととった爺さんはそろそろと手を下げた。爺さんはいった。

「あんた、おおかたホールドアップなんて初めてだろ?この路地を最初にきたやつなんて目星つけてたんだろうが、めくらの文無しじじいで悪かったな。よくよく運がなかったな」

爺さんには見えていなかったが、強盗は痩せぎすの青白い中年男だった。無精ひげが汚らしく伸びていた。男は、手に持った銃を見下ろして首をうなだれたまま、また「くそ」と今度はか細い声で呟いた。

 何とはなしに「なんでだい」と爺さんが聞いた。男は黙りこくったまま唇を噛みしめて惚けた様に銃を見つめたままだったが、暫くして、ふと初めて爺さんの存在に気づいたように聞き返した。

「なんだ?なんていった?」

「いやさ、なんでこんなことになっちまったんだい」

強盗の男は、迷ったように左右を見回すと路地裏にあったゴミ缶を見つけ、その蓋を取り奥底に銃を突っ込んだ。始めはぶっきら棒に、しかし、そうかいそうかい、そりゃあなあ、などといちいち頷いてくれる爺さんの優しさにほだされたのか、仕舞には涙声でこれまでの半生を語った。今時には珍しくもない転げ落ちる小石のような人生。会社の倒産、株の失敗、離婚、借金。ギャンブル、また借金、そしてついには蝕まれた身体。這い上がれなくなった男の前に現れた拳銃は公衆便所に置き去りにされたものだった。自死する勇気もない弱い男の決断は、それこそ、ざらに三面記事を飾るつまらない結末だった。

 爺さんは頷いた。頷いて、そして語りだした。

「あんたもさ、頑張ってみちゃみたんだよな。必死に浮かぼうとしたんだよな。じたばたした挙句のこれかい。でもなあ、今のご時世、上手くいってるやつなんて滅多にいねえんだよ。ほんの一握りさあ。ほとんどはぎりぎりでもがいてるやつばっかりさ。なんとか食って、また明日もなんとか食おうって必死になあ。でもそのうちいいことあるって信じて生きてくしかねえよ。俺は文無しのめくらの歌唄いだが、そうやって信じていくしかねえ。そうさなあ、あんたになあ、あんたになあ、なんかくれてやりてえがなんにもねえ。あるとすれば、だ。この声ぐらいのもんだ。あんたにやれんのは歌でも歌ってやることぐれえのもんなのさ。俺は歌唄いだからな。歌はいいもんだよ。きつい時もどうにかなるさって歌ってりゃそんな気持ちになるでよ」

そうして、爺さんはしぶい声で歌いだした。その歌は、陽気なような、もの哀しいような、なんともいえない旋律だった。

「あんた、よし、いっちょう一緒に歌うかい?歌でも歌って吹っ飛ばせよ。もやもやしたやつをよ。そら、声を張り上げて、そら、声を張り上げて、声のある限りな」

 爺さんは見えない目を、まるで見えるかのように天空の輝く星々に向けた。

「そら、天まで届けってな」

 ちっぽけな街はそれでもクリスマス気分に酔っているようにみえた。 

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)