チューブラリンサー

 

 「で、何欲しい?グラス?スノー?なんでもあるよ」カモチがいった。"真夜中の檻"のメインストリートの裏へ、雑多なバーの並ぶ界隈に二人は立っていた。辺りにはフライの匂いが立ち込めている。酔っぱらった千鳥足のサラリマンが横を通り過ぎていく。ガスは小柄な日本人を見下ろした。そしていった。

「サイバーD。どっぷり浸れるやつがいいな。今時のやつさ、あるかい」

カモチは鼻の下のちんまりした髭をひねくり回しながら薄く笑った。灰色の国民服を着たその姿はまるで鼠だ、とガスは思った。大都会の隅の、薄汚いキッチンに住み着いた鼠野郎か。昔の映画みてえだ。さしずめ俺はさすらいのカーボーイか。ただし雇われだけどな。鼠と雇われカーボーイはいかにもこの街にお似合いだ。その鼠がいった。「サイバージャンキーいっぱいいるね。繋ぎっぱなしで飯も食わない。痩せこけたやつら。でもあんたはそういう風に見えないね?」話しながらも目は周りをさりげなく見回していた。MPを警戒しているのだろう。やつらは必ず来る。どこにでも来る。問題はいつくるか、だ。あいつらは気分次第で酔っぱらいでも悪人でも、善人でもなんでもぶん殴る。人種を問わず国籍を問わず喜んで警棒を振るう。MPにはそれが許されている。なにせ悪名高いMagoya Cityだ。ありとあらゆる非合法なものがこの経済特区、通称 "真夜中の檻" に流れ込む。びくついていた訳ではないが視野に動くものがあった。ガスは素早く目を走らせた。一匹の黒猫だった。黒猫はぴたりと動きを止めガスの目を真っ向から見返した。さては鼠を喰らいにきたか。ふとそんなことを考えた瞬間後にはもう黒猫は路地裏へ消えていた。その角には赤いランタンがぶら下がっていて何かを焼いている匂いが漂ってくる。ガスはまた日本人に目を向けた。「おれはジャンキーじゃない、ちょいと楽しみたいだけさ。痺れちまうようなやつをな」日本人は思惑ありげに笑った。「最高周波は高いよ。メディアは腐るほどあるがFIDを探さなくちゃね」「構わねえよ。金ならある」さあ、ここからだ。「現金で?」「もちろん」ガスはさりげなく胸ポケットを叩いて見せた。カモチはまた薄ら笑いを浮かべた。わざとらしくゆっくりとポケットからパッケージを取り出すと振り出し、一本はガスに渡した。新星だった。今度はガスがジッポを取り出しカモチの煙草に火をつけてやる。自分のにも火を移し、煙を吐き出しながらガスがいう。「サイバーDのいっちゃんクールなやつ。なんてったっけな」カモチの丸い鼻の穴からも煙が吐き出される。その下の髭も、ちらりと覗く歯も黄色く変色して見える。「メイビ?エクス?」「そんなんならL.Aもニューデリーも変わらねえ。こっち発のがあるって聞いたぜ。ええとな…」カモチは少し間をおき、もったいぶっていった。「チューブ?」よし。ビンゴ。

 闇サーバー屋は裏路地の雑居ビルの地下室にあった。入口に瞬くサインボードはどれもこれもフウゾクで、色黒の若い男が佇んでいた。どうも客引きらしかった。顔見知りらしいカモチと二言三言交した、その言葉はポルトガル語だろう。繁盛しているのはブラジル系ばかりだ。カモチがガスを振り返り、首を短く縦に振る。二人は薄暗い階段を下りていった。奥の扉の前でカモチはガスに向き直り指と指をこすり合わせた。

「レアルね。ドルは駄目ね」そういって指を三本たてた。ぼられているのはわかっているが、ガスは紙幣を数えて渡した。「ほかに用ない?女?銃?この街、物騒な奴いるよ」

「あとはいらねえよ」とガスが言うとカモチは肩をすくめた。扉から数センチのところにカモチが顔を近づけると認証された。ドアが開く。「それじゃ楽しい休暇どうぞ」そういうとカモチはもときた階段へ戻っていった。ガスは中に入った。扉がその背中で静かにぴたりと閉まった。

 真っ青な光。滅殺菌照明の廊下をさらに奥へ。自分の全身が走査されているのは気配でわかる。俺のあばら骨の並びまでどっかで覗いているだろう。奥は細長い部屋だった。微かなうなり声のような音が聞こえていた。壁沿いにサーバーが5,6台並んでいる。スキンヘッドの大男がヘッドセットをつけたまま伸びていた。休暇中の海兵隊員だろう。ぶっ太い腕にはマリアだか観音だか判別できない下手なタトゥーが掘られている。今頃、どこを彷徨っているのかは本人次第だ。帰ってくるかどうかも本人次第だ。ガスが薄暗い部屋を見回すと、いつの間にか黒髪の少女が隣に立っていてびっくりした。目の吊り上がった、歳は16,7の少女だった。いや日本人の年齢はわからない。もっと歳喰ってるのかもしれないな。とにかくその顔は全くの無表情だった。その少女が一番奥の端末に歩いていき手をかざすと、認証されたモニターが鈍い光を放ちしぶしぶ蘇った。少女はガスを見てその端末を指さした。ガスはいった。

「その前に小便がしたいな。長丁場になりそうだからな。便所はどこだい?英語わかる?便所どこ?」

少女は相変わらず無表情のまま入ってきたドアを指さした。

 廊下の端でみつけた洗面所に入り、便器に放尿しながらガスは舌で口の中をまさぐった。奥歯の中に仕込まれた遠隔同期発信をオンにする。その瞬間からガスの知覚感覚はヨハネスブルグにある国際合法ドラッグ連盟、即ち "糞ったれI.L.C.D" クラウドど同期することになる。ガスはI.L.C.Dの雇われハッカーだった。形のないドラッグ。電波を伝わるドラッグ。世界中どこでもログすれば、ただそれだけでハイになれる時代だ。しかしI.L.D.Cが認めていない非合法サイバードラッグは後を絶たない。侵入し、辿り、発源を突き止めるのがガスの仕事だった。そこまでうまくいきゃいいがな、と洗面台に唾を吐きながらガスは考えた。侵入まではいいが、はまり込んで抜けられなくなればI.L.C.Dはためらわず俺を切るだろう。向こう側で廃人になるまで快楽に耽るか。猿のマスターベーションなみに。しかし上手く戻れれば左団扇だ。今度の成功報酬じゃ、最高級の代替細胞で五十年は若返るかもしれないぜ。ひび割れた鏡に顔を映し薄らと伸びた顎髭をさすりながら、つまるところ人生は伸るか反るかだ、とガスは独り言ちた。

 海兵隊は相変わらず伸びたままだった。薄暗い中に目を凝らしたが少女はいない、と思ったらいつのまにかまた隣に立っていた。やっぱりこいつらはNinpoを使ってるに違いない。驚かせやがる。その少女は手に持ったヘッドセットをガスに渡すと、またさっきの奥のサーバーを指さした。ガスが「Arigato gozaimasu」というと、少女は「No problem,Mr」とネイティヴな発音で返事をした。ガスはぐるっと目を回して見せた。ガスはサーバーの前の長椅子に寝そべった。ヘッドセットを被る。端末に繋がれた神経針を無造作に上腕に突き刺す。手元にあったスキンテープで張り付けて固定した。さてこれからだ。デジタル化されたドラッグ。もうすぐ情報化された大量のヤクが脳内を駆け巡る。耐えきれるぎりぎりのところまでいかなきゃ出元はつかめない。下手すれば底なし沼だ。上手くいったらお慰み。すでに視界は極彩色で取り巻かれている。気分がだるくなってくるのがわかる。突然、目の前に " WAIT "と文字が浮かぶ。膨大な プログラムが頭の上から降ってきた。洪水の滝のように降り注ぐプログラミングのただ中に、まるで浮いているようだった。対次元変更過程で問題があったのか。カモチが用立てたIDのFがお粗末だったのか。くそ、気分が悪い。吐き気を催してきたぜ。ガスは思わぬ展開に戸惑ったが、数秒後にまた文字が浮かんだ。 THINKPASSWORDTHNKPASSWORD パスワード?なんて時代錯誤だ。合言葉がいるのか。光が幻滅していきプログラムの混乱に脳内がパンクしそうなのがわかった。まいったな。とりあえず思ってみる。チューブだから、チューブ?目の前が真っ暗になった。チューブじゃねえのか。そんな単純に上手くいくわけねえか。また単語が脳裏に浮かぶ。2MORETRIALS2MORETRIALS2MORETRIAKS くそ、あれだけぼられたのにな。I.L.D.Cのやつら、歯ぎしりしてるだろうぜ。ガスは汗をかきながらそれらしいwordを思いつこうとしたが、思考がうまくまとまらない。気分はますます悪くなっていく。赤い光点が脳の中に入り込んできた。そして点滅しだしたということは、どうやらリミットが近づいてきたらしい。中途半端にログしたこんな状態で現実生活に戻れなくなったらそれこそ最悪だ。なんてこった。こんな、"チューブラリン"な................................................................

 視界が弾けた。視界というより、感覚が弾けた。なんともいえない高揚感が身体を包み込む。時間も空間も存在しない次元にガスは浸りこんでいた。あまりのフィーリングに自意識が飛びそうになる。こりゃあぶっ飛び具合が半端じゃないぜ。これがチューブラリンってやつか。しかし頭脳の端っこの片隅に、まだ冷静なガスの思考の残滓が残っていた。そいつはこういっていた。危険だ。宙ぶらりんは危険だ。地面に戻ってこれねえぞ。危険だ。宙ぶらりんは危険だ。宙ぶらりんは

 しかしもうガスは、どうでもよくなっていた。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)