二島の夢想

 

 その建物は町の郊外にあった。私の車の前にも後ろにも黒塗りの高級車が並び、そのホールへ続く道路は渋滞していた。道沿いには大きな花輪が立ち並び、玄関口手前から数十メートルにわたって黒服の男達が並んでいた。共通するのは、その眼だった。卑しい目つきの坊主頭に顎髭。昔ながらのパーマヘアはあまりみかけられない。やくざの世界にも流行はあるらしい。普段はだぶだぶの服を着て斜に構えていそうな若者が、車が通る度に神妙な顔をして頭を下げていた。その光景はやはり異様といってよかった。彼らは、その車種、ナンバーを見て中に誰が乗っているのかわかるようだ。知らなくても、横から横へと囁きが伝わっていく。たぶんその序列によっては頭の下げ方も深くなったり浅くなったりするのだろう。車列が進んで、私の前のベンツから老人が降りると、世話役らしい男が飛んできて深々と頭を下げ中へ案内していった。ベンツはドアを閉めて進んだ。その後ろの、私の車を見た男達は一様に怪訝な表情を見せていた。値踏みの仕様がなかったのだろう。へりくだったほうがいいのか、睨みつけたほうがいいのか見当がつかないようだった。私は立ち並ぶ男達を素通りし、赤棒をもったサングラスの男に促されて駐車場の入り口に入った。

 ありとあらゆる高級車が並んでいた。見本市の様にどれもこれも磨かれていた。その中を奥へと進んだ。車好きにはたまらないに違いないが、私はさほど感銘も受けなかった。そこここでは二、三人が屯して煙草を吸っていた。運転手であり車の見張りであるその男達は待ち時間を持て余している様だった。大分奥のほうに空いているスペースを見つけて私は車を入れた。隣のプレジデントの運転席では若い男がくわえ煙草で競馬新聞を読んでいた。窓を開け放していた。私が車外に出た時に視線をちらりと走らせたが、男は何も言わなかった。私は車の鍵を閉め、歩き出した。

 ホールのほうから小柄な男がこちらへ歩いてきた。武藤だった。痩せぎすで、ちりちりのパーマをあてたその顔は類人猿を思わせた。いつもは柄シャツのはだけた胸にこれみよがしにゴールドを覗かせている武藤が今日は黒いスーツ姿だった。私の前に立ちはだかり、私も歩を停めた。武藤がいった。

「探偵がなんの用だい。まさか香典つきにきたとかいうなよな。関係者じゃあるまいし」

私は武藤の目を真っ向から見返した。

「関係したくもないね」

武藤は口の端に笑みを浮かべた。

「よう、相変わらず強気だねえ。探偵ちゃんよ、聞いてんのはこっちなんだぜ」

私はいった。「僕は仕事だ。仕事で来てる。だから涙も流さないし、いちゃもんつけられやしないかと怖がりもしないし、虚勢を張って威張りもしない」

武藤は笑ったままポケットから煙草を出し、高そうなライターで火を着けた。視線をそらしたその先には、通り沿いに止められたパトカーがあった。私もパトカーを見た。赤い回転灯が回っていた。

「今日はよう、関係者以外立ち入り禁止ってやつだよ。今日はどこの組も揉めるなつってんだよ。あいつらにも首は突っ込ませねえようによ。だから部外者は帰ってくれや」

「心配することはないさ。あんた達の組織図には関係ないことだし興味もないさ」

武藤は視線を戻した。目を細めてこういった。

「誰の代理だよ」

私はいった。

「あんたは誰の代理だい」

武藤は煙を吐き出して笑った。

「相変わらず食えねえ野郎だな。よかろ。死んだのは俺の叔父貴だよ。俺の親父と盃交してるからな。この稼業で心臓ぽっくりなんてな幸せな死に方だがな。俺も世話になった人だ。今日は余計な種は勘弁してもらいたい。せめて安らかに送ってやりてえからな。んで、おめえはだれの代理だ」

私も煙草が吸いたくなったが、よすことにした。私はある芸能プロダクションの名前を出した。武藤はぼそりといった。「ああ、叔父貴の道楽だな」

 その死んだ人物はある売り出し中の歌手を囲っていた。援助していたその金は、世間から見れば黒く見えるに違いない。歌い手がまだテレビにも出るほどには売れる前にパトロンは死んだのだった。それが本当に才能を買ったものなのか、ただの代償だったのかは私が知っている必要はなかった。しかし、その口ぶりからすると武藤は知っていたらしかった。

「援助された金はわかっている範囲のものは返却する。マンションももう引き払った。恩義はとても感じている。しかし、彼女の将来もあることだしこれで何の関係もなかったことにしたい、というのが事務所の要望だ」

武藤は煙草をアスファルトに投げ捨てた。その額にしわが寄った。

「叔父貴は草葉の陰で嘆いてんだろ。さんざ世話になっといて死んだ途端にこのざまか」

先の尖った革靴の底で煙草を踏みにじりながら武藤は続けた。

「女にいっとけよ。せいぜい花道目指して精進しなってな。売れたらよ。もし売れたんならとことん絞ってやる。でなきゃネタ流すってな」

私はいった。「僕は事務所の代理だ。女は知らないんだよ」

もう武藤は興味を失ったと見えて、踵を返してホールに戻りかけた。私はその背中に語りかけた。

「あんたはやくざみたいだ。今時のやくざは、そんなやくざな物言いはしないぜ」

武藤は笑ったが振り向かなかった。

 

 通りに出てパトカーの横を通り過ぎようとすると、ドアが開き警官が降り立った。こちらも仕事だが向こうも仕事には違いない。集った組員をすべて検問するのだろう。相手によっては媚びを売るのだろうか。それとも毅然とした公僕の任務を遂行するのか。警官は手を挙げて私の車を止めた。

「見掛けねえ顔だな。軽にひとり?どこの構成員?とりあえず免許だして」私は財布から免許を引き出した。声をかけた男の背後から「俺が代る」と声がした。刑事の加藤だった。銀縁の眼鏡の奥から私を見た。

「二島、二島よう。お前もいろんなとこでしゃばんなあ。ごみ溜めにいろっつったじゃねえか」

窓にかぶさるようにして私を覗き込んだ。加藤の息はすえた匂いがした。

「お前次第だぞ。どれ、免許見してみろ」

私は免許を渡した。加藤は珍しいものでも見るように繁々と免許を眺めた。

「お前、やくざ相手のしのぎで幾らになんの?薄汚いしょうばいだなあ。あっちこっちつついてよ。とにかくよ、こっちを煩わすんじゃないよ」

にやついたその顔の、しかしレンズの中の目はまったく笑っていないのだった。

私は言った。

「やくざの葬式。嫌味な警官。今日はろくなものに出会わない」

加藤は私に免許を放り投げ、「また街でツラあわすんだからよ。突っ張んなよ」といった。そして背後の警官に手を振り「こいつはいかしていいよ」というと私の車から離れていった。私は街に戻った。

 

花道は諦めてもらうしかない。それはもう私の仕事ではないが。武藤はもう手は出してこないだろう。後は忘れるのみだ。牙はむくが、興味のない獲物には見向きもしない。武藤はそういう人間だった。

 誰もが得をしない結末だった。プロダクションは金の卵を諦め、男は生を諦めた。そして女は夢を諦めて、か。もし自分に歌が作れるのなら、それこそお涙ものが一曲出来そうだ。しばらく、タイトルを思案しているうちに私は薄暗くなってきた事務所でいつの間にか眠り込んでいた。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)