オイルとジンと花束を

 

 うまくいかねえ時は何やってもだめなもんだ。ここんとこボスは機嫌が悪い。あのダッジ、ずいぶん値切られたからなあ。そんなとこへきて、やれハイウェイの事故だの町長のバカ息子の修理だの、ろくでもねえ仕事ばっかりだ。今日は今日で若造のアベックがバッテリ上がりときたもんだ。聞けば、彼氏の金持ちの叔母さんが死んで西までいくんだと。遺産分けに間に合いたいらしい。ついでに娘の方はオーデションを受けるんだと。見た目はまだ小便くさい小娘だが、横柄なとこはもう大女優になった気でいるらしいや。まあ、俺にとっちゃどうでもいいがね。ほらよ、動くようになったぜ。払えんのかい?そら請求書。奥の事務所で払いな。そいつらを送り出してからも、あれやこれやで忙しくてボスんとこへ顔を出した頃にゃとっぷり日も暮れていた。"帰ってもいいですかね" 金勘定をしていたボスは仏頂面でいった。"町長の倅のはやったのか" "プラグ交換して調整しときましたよ" と俺。"引き上げた事故車は" 俺はため息をついて答えた。"あれは部品がないとどうにもなりませんや" あんたにゃ念を押しといたはずだが、と喉まで出かかったがやめたよ。これ以上のとばっちりはご免だからな。いけすかないがボスはボスだ。他にいくとこもねえしな。ボスは、あとは何も言わず出口の方へ顎をしゃくってみせたんで俺も黙って出てきたよ。

 ここ二、三日風邪をひいちまったようでどうも鼻が止まらねえ。最近になって急に寒くなったからかなあ。おまけに腰がぶり返しやがった。痛むのをかばってやっとこさ車に乗ると俺は家に帰った。かみさんは居間でテレビを見てた。いや、眼をつぶってたから寝てたのかな。それとも起きてて音だけ聞いてたのかもしれない。どっちでもいいやな。とにかく俺は声をかけた。"帰ったぜ、ハニー、飯はなんだい" かみさんはやっぱり起きてた。"キッチンにあるわよ。あんた、家賃どうすんのさ。また待ってくださいって、頭下げんのどうせあたしなんだからさ" なんで噛み合わねえんだろうな。俺が訊いたのはメシはなにかって事だ。普通はその答えが返ってくるもんだろ。なんで質問に質問が返ってくんだい。まあいいや。口に入りゃ食いもんは食いもんだ。俺はなにもいわず台所へ向かった。豆のスープか。豆のスープね。俺はそいつを火にかけて、鼻をすすりながらこんな夜は一杯引っかけてさっさと寝ようと思った。医者なんて金かかるばっかりだし、休ませてくれなんていったら、それこそ給料下げる口実ができてボスは悪魔みてえににやりと笑うだろうよ。だからほろ酔いで一晩ぐっすり寝りゃよくなると思うしかないさ。

 スープを混ぜながら、俺は台所の小窓を開けて一服つけようとした。ところがジッポがつきゃしない。くそ、いくらやってもだめだ。親指が痛くなるほど擦って、いい加減あきらめた。昼間はついたのにな。俺はジッポを放り出すと棚の上から酒瓶を取ったが、だめな時はだめってのはこういうことをいうんだろうな。真っ逆さまにしてもぽたりぽたりと滴しか落ちてこねえ。たった一杯の半分の半分もねえんだ。なんてこった。居間からかみさんががちゃがちゃいってる。"あんた、盆も彼岸もお義父さんの墓参りいってないじゃない。だから運が向いてこないのよ" 俺は答えた。"しょうがねえだろ、忙しくて暇がなかったんだから" 俺は酒を諦めて水を一杯飲んだ。かみさんが戸口から顔を出した。"気持ちよ、気持ち。わかる?あんたのはいつだってなんだって言い訳よ" そういうと顔が引っ込んだ。俺は苦虫を食っちまったような顔をしてたろうよ。わかってんだ、そんなことは。でもな。やっぱりな。気にはしてたんだよ俺だって。俺は考えた。明日は土曜日か。なんとか半ドンで終わらせて、帰りに忘れずにジョーの店に寄ろう。親父の墓にそえる花束を買わなくちゃ。それにジッポのオイル、あとジンを一瓶と。よし、オイルとジンと花。オイルとジンと花。そんなことを考えてたら変な臭いがしてきた。慌てて鍋をみたら、スープの豆が焦げついてたよ。

 このちっぽけな町には酒場とスタンドと雑貨屋と葬儀屋ぐらいしかない。ジョーの店は雑貨屋だ。雑貨屋なんてのは一軒しかないが、そのかわりに何でもある。およそ思いつくものはね。ジョーは誰にも分け隔てがない。どんな色の奴にも売ってくれるし公平なんだ。俺たちにしちゃ有難い店だよ。怒ると怖いがね。いつだったかホールドアップに入った流れもんを逆に叩きのめしたっけ。そん時ナイフ一突きくらったが次の日には平気で店を開けてた。腕っぷしが強いし、それなのにフェアだ。この町でジョーを知らない奴はいないし、ジョーが知らないやつは他所もんだろ。いつもレジ横にでんと構えて、葉巻吸いながら店番してんだ。

 次の日に俺がいった時も、煙のまん中にいた。"やあジョー。元気かい?元気ならいいんだけどさ。元気ならうれしいよ。ええとさ、ジッポのオイルとジンを一本欲しいんだけどな" ジョーは煙の間からぎろりと俺を睨んだ。"おまえ、溜まってんのにまたツケといてくれっていうんじゃねえだろうな" そうなんだ。言い忘れたけど、ジョーの店はツケがきくのさ。そりゃ限度はあるけどね。そんでその限度ってのははっきり決まってるわけじゃなくて、ジョーしか知らねえ目安があんだな。もっとも日によって違ったりするけどさ。そんなわけで俺は必死にいったよ。"今度の給料日に全部まとめて払うよ、必ずさ" ジョーの葉巻を咥えた唇がちょっとめくれた、ってのはつまり笑ったってことさ。しょうもねえって感じでね。いったろ。ジョーは話の分かるやつだ。でも調子にのっちゃいけない。俺は恐る恐るつけたした。"それに、花...なんてあっかな" ちょっと雲行きが怪しくなった、ってのは顔をしかめたってことさ。ジョーはいった。"お前が花なんぞ、どうすんだ" それで俺はいったよ。"いや、しばらく親父んとこ行ってねえからさ。花でも持っていこうかと思って..." ジョーのしかめ面は変わらなっかった。親父の葬式ん時にもジョーには世話になったからなあ。ジョーは葉巻の灰をレジ横の足元のバケツに落とすといった。いつもバケツを足元に置いてんのさ。"親父さんの命日はとっくに過ぎてんだろうが" 俺は焦って、なんとか説明しようとして、それは言い訳なんかじゃなくて、心ん中にあるもんを分かってもらおうとして、ただこんがらがっちまって、それでもいいたいことをいおうとして一所懸命に喋ったよ。"忘れてたわけじゃねえんだよ。なあ、ジョー。だめな時ってあるだろ。何やってもだめな時ってさ。で、だめがどんどん積もってくとこりゃ人間がだめになっちまう。気持ちがだめになっちまう。気持ちがだめになっちまうと体もだめになっちまう。体がだめだと何やってもだめで、つまり人間がだめになっちまう。たあだ、生きてるみたいになっちまってさ。たあだ生きてるだけならいいけど、やっぱりそれじゃ生きててつまらねえからさ。だからさ。だから、親父の墓にいって、上手くいきますようにって祈るんだ。願掛けみたいにゃなっちまって、そりゃ親父には悪いとは思うけどよ。とりあえずできることからさ。しようと思ってんだよ。親父の墓に行ってうまくいくように頼むんだ。上手くいきていけるようにってさ。こんな時で親父にゃわりいけど、こんな時だからこそ今じゃなきゃだめなんだ。でないともっとだめになっちまう。だからさ、ジョー。頼むよ、ジョー。なあジョー、" ジョーは葉巻をぷかぷかやりながら俺の目をやっぱりしかめ面のまんまずうっと見てた。俺だって必死だからジョーの目から目を逸らさずに話してた。

 葉巻を咥えたジョーの唇がまたほんの微かにめくれたよ。気づかないほどだけど、俺はずっとジョーの顔を見てたからわかったのさ。そしたらジョーがいった。"お前は確かにだめな野郎だよ" 急に立ち上がったと思ったら店の奥の小部屋に入ってった。んで、すぐに戻ってきたよ。片手に花束を持ってさ。いつだって、まるでわかってたかのようにこっちの欲しいもんを出してくるんだ。ジョーは本当にわかってたのかな。いやそんなはずないけど。とにかく俺はこういったよ。"ありがとよジョー!ありがとよジョー!必ず今度の給料日に払うよ!約束するよ!" そんなわけで、俺は、片手にオイルとジンを入れた紙袋、もう片手に花束を持って店を出たんだ。だからさ。ジョーはいいやつなのさ。話のわかるやつなんだ。そりゃ怒らせると怖いよ。でも、こっちが偽らない気持ちでいればさ。わかってくれるんだ。本物のナイス・ガイだよ、ジョーは。とにかくジョーの店にいけばなんでもあるからさ。ジョーならなんとかしてくれるからさ。困った時にはいってみたらいいよ。ジョーの店にさ。まあ、そんな話さ。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)