二島の至福

 

 二島は溜息をついた。そして皿を押しやった。二島は八皿のケーキを食べ終えたところだった。苦ではなかった。むしろ十皿はいけると踏んでいた自分の不甲斐なさを感じていた。ただ、もう胃が悲鳴をあげていた。めったにない幸せな悲鳴だった。よろしい。二島は少し温くなったコーヒーを飲みながら、レポートに散りばめる甘い文句を考え始めた。ホイップの滑らかさは素晴らしい。くどくなく控えめなようでいて、確かに主張する甘さ。デコレーションされているフルーツもショコラも極上である。その鮮やかな見た目は最早芸術といってもいい。巧みな職人技には舌を巻く…。ふと、依頼者はこんな中年男の報告を本当に期待しているのかと考えた。これが依頼者にとってなんの受益になるのかは疑問でしかない。だが仕事は仕事だ。堪能して満ち足りた気分で顔を上げると斜向かいの婦人連が自分を見つめているのに気が付いた。二島は口の端で笑って見せた。むしろ向こうの女性達が目を逸らした。ケーキヴァイキングには似つかわしくないスーツの男ひとり。しかも八皿だ。結構。お茶のテーブルの話題にしてくれて構わない。どんな推測をしてくれても構わない。仕事は仕事だ。巡り巡ってやってきた有名店のリサーチなどという甘い仕事はもう二度とあるまいが。

「コーヒーはいかがですか」と声をかけられ、気づけば可愛らしい娘が盆にポットを載せて立っていた。

「ああ、頼みます」二島がそういうとウエイトレスはにっこりと微笑んだ。二島も、先ほどの婦人達によりは愛想よく笑い返した。味は勿論合格点だ。店内の雰囲気も申し分ない。接客も君の笑顔で二重丸だよ。ただし。経費でなければ、自腹ではとても来られそうにないが。

 

 初夏の風は眠気を誘った。その海の見渡せる庭で、二島は大きな欠伸をした。風は午後になって幾分冷たくなったが、身震いするほどではなかった。デッキチェアから身を起こすと、二島は傍らに置いたクーラーボックスの蓋を開けた。ビールのパックは残り一本になっていた。プルタブを起こすと一口、ついで二口目を喉に流し込んだ。取り落として下に落ちていた文庫本を拾い、柴を払ってクーラーボックスの上に置く。ふと視線を感じて、二島は横を見やった。金網の柵の向こうで犬がこちらを見ながら尻尾を振っていた。首輪はしていなかった。少し垂れた耳をしていた。犬種は二島にはわからなかった。わからなかったが、どこといって特徴のないゆえ雑種であろうと思われた。黄色がかったあまり毛並みの良くない、つまりは野良犬に見えた。二島の視線をとらえたと知って、犬は気まぐれの様に振っていた尾をいくらか力を込めて振り出した。二島は立ち上がり、近づいていった。柵に肘をかけて寄りかかると、犬は屈託のない顔で二島を下から見上げた。二島はいった。

「ここは私有地です。立ち入りはご遠慮ください」

犬は尾を振った。ただ、がっついた様な振り方ではなくどこといってのんびりとした感じだった。鳴き声は出さなかった。こういった場面はよく経験しているのだろう。媚びを売る感じではなく、かといって不愛想でもなかった。二島は胸ポケットから煙草のパッケージを取り出し、一本振り出すとライターで火をつけた。そして、はるか水平線を眺めた。海面は夕日に照らされ、煌めいていた。そのままカレンダーにでもできそうな風景だった。二島は犬にいった。「オーケー、待ってろよ」

デッキチェアを折り畳んで抱え込み、クーラーボックスを空いている手で持ち二島は屋敷の裏手へ引き返した。

 余りもののパンを犬に放ってやり、敷地をぐるりと巡回すると警備会社へ定期連絡を入れた。この仕事も今夜で終わりだった。もう暫くしたら、今は人気のない目の前の海岸もヴァカンス客で賑わうのだろう。その季節にまた街で喘いでいる、そんな自分の姿が見えるような気がした。割のいい仕事は度々あるものでもなかった。来年もこちらにまわってくるだろうか。景気がうまく回り、ここの持ち主がまだ気前よく留守番に探偵のひとりやふたり雇うつもりがあればの話だ。風が吹けば桶屋がなんとやらだが、運が良けりゃ探偵も息をつける。とにかく悪くない仕事だった。二島は飲んでしまった空き缶をビニール袋にまとめ、クーラーボックスとともに車のトランクに放り込んだ。翌朝の七時になればもう用済みだった。街へ帰る前に今日の犬にお別れを言おう、と二島は考えた。まだこの辺にいればだが。その夜、仮眠した時に二島は夢を見た。二島は剣豪になっていた。江戸の町で用心棒稼業をしていた。あの犬が相棒だった。

 

 街へ帰り着いたのは夕方だった。雑居ビルの裏手の駐車場へ車を停めた。階段の横にある郵便受けにはピザ屋のチラシ、不動産屋の広告、政党の広報、請求書また請求書が入っていた。それをまとめて手に取ると、二島は四階まで階段を上っていった。久しぶりに扉を開けると少しかび臭いような気がした。郵便物を放り出し、その机を回り込んで背後の窓を開ける。道を挟んで駅のホームが見えた。閑散とする中途半端な時間だった。電車待ちの人は少なかった。どこかでクラクションが鳴っているのが聞こえた。下の通りを歩いていく二人連れの営業らしき背広姿が見えた。駅前の交差点で信号待ちをするバスが見えた。いつもと変わらない風景だった。街はなにも変わらないようにみえた。二島が椅子に座り込むと少しきしむ音がした。そのうち椅子も机も洒落たやつに買い替えようかと考え、考えながら煙草に火を着け、その煙が漂って窓に流れてゆくのを二島は眺めた。窓の外は、暮れなずんでいた。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)