それが本物なんて誰がいったんだい?
気づいたら、見知らぬ砂漠で迷っていた。果てしなく続く砂原に。風で砂が舞う。目を開けていられない。無理やりにこじあけてみれば、見渡す限りの砂、砂、砂。手ですくうと掌からこぼれ落ちた。なぜここにいるのだろう。ここはどこだろう。そして、俺は誰だ・・・
気づいたら、見知らぬ街で迷っていた。無人の道路沿いに。暗い空に立ち並ぶビルが見えた。ただ光る広告塔に剥がれかけたポスター。何も動かないし何も聴こえない。ひんやりとした空気が冷たい。なぜここにいるのだろう。ここはどこだろう。そして、俺は誰だ・・・
暑い。うっすらと膜が張ったような辛子色の空に、ぼんやりと太陽が浮かぶ。とにかく進まなければと、のろのろと歩き出す。足が砂にめり込む・・・
いや太陽じゃない。とてつもなく高いところに、ぎらぎらと信号が光っている。交差点まで出れば国道だと標識が立っている。とにかく向こうの・・・
丘を越えれば何かが見えるかもしれない。もしかしたら未来が。しかし、近いようで遠い。砂に足を取られる。のどが渇いて・・・
なんでもいいから水が欲しい。とりあえず国道を目指して進め。そこまで出れば何かあるだろう。もしかしたら未来が。足が・・・
重い。やっと辿り着いた丘の上から摩天楼が見える。ショーウィンドウに寄りかかり息をつく。マネキンが・・・
笑いかけている。砂に埋もれて。目に見える何もかもが砂に埋もれている。ビルも地下鉄もバスも歩道橋も・・・
信号も。変わりそうだ、急がなければ・・・
必死に斜面を転げ落ちるようにくだる・・・
音が聞こえる。あれはなんだ・・・
砂塵を巻き上げて走ってくる・・・
駱駝を連ねた商隊だ・・・
特大のトレーラーだ・・・
たすかった・・・
のせてくれ・・・
もう交差点を渡り切ってしまう。夢中で叫ぶが・・・
声にならない。あらん限り手を振りながら走る・・・
駱駝を曳いた男が振り向いた・・・
ステップに足をかけたその時・・・
男が・・・
トレーラーが・・・
街が・・・
砂漠が・・・
ゆらゆらと・・・
揺らいで・・・
「聞きましょう、ドクター」と艦長はいった。
「大分、症状は重いね。脳波は入り乱れてるし神経系統もおかしな反応を示しとる。どうも、人格が分裂しとるようだ。彼の中には少なくともふたりいるらしい。どちらがどちらとも、彷徨っているようだ。まったく別の世界でだがね。切迫した状況を二重に疑似体験してるようなもんだ、これは精神的な負荷が大きい。何かを探しているが、見つからない見つからないといっている」
艦長は無言で聞いていた。ドクターは続けた。
「もしかしたら、彼自身が見失ってしまった自己の存在ってやつかな」
艦長は溜息をついた。そしていった。「帰還までにまともになりますかね」
「わからんね。内地に帰って専門的な治療をしても彼が現実に戻れるかどうかは五分五分だろうな」
ドクターの答えに艦長は少し考えていた。そしていった。
「士気にかかわる。やはり奴の状態は内密に願います。外的故障ということで隔離を続けましょう」
「わかった。しかし...やっと帰りつけるというのにな...」二人は暫し沈黙したまま座り続けた。突然、机の上のスピーカーホンが叫んだ。「艦長、見えました!」
艦長は即座に応答のボタンを押すと答えた。「メインモニターに映せ」
目の前にある巨大なスクリーンに映し出されたのは、懐かしい青々とした、地球だった。艦長もドクターも食い入るようにその姿を凝視した。去就する思いを胸に。我が故郷よ。地球よ。われらの同胞よ。生まれ育った町よ。愛すべき家族よ。今、ここに帰ってきたのだ。ドクターの頬を一筋の涙が伝った。「おお...」そして、艦長の厳しい目にも、うっすらと涙がうかんだその時
地球が・・・
ゆらゆらと・・・
揺らいで・・・
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2024/5/25 sat
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