イルカと叔父さん

　叔父さんさすがに老けたなあ。頭も薄くなっちゃってさあ。昔はとんがってたじゃん。え、今もとんがってんの？そうは見えねえけどなあ。皺くちゃな顔で、ただの偏屈なじじいだよ。ええ？偏屈がかっこいいんだ？そうは思えねえけどなあ。叔父さんの価値観、よくわかんねえからなあ。ちょっと、そんなハイペースで飲むのよしなって。年も歳なんだからさ。でも叔父さん俺には優しかったよなあ。それは認めるよ。家来たときはいつも酔っぱらってたけど。憶えてる？俺がガキの頃とかさ。夏休み、庭で花火やったりさ。叔父さん、こうするとすげえとかいって頭の上で振り回してさ。危ないったらありゃしないよ。うちのママがひいてたじゃん。でも面白かったよ、実際。ほら、例の地震があった年にさ。一緒にプールいったでしょ。子供の俺にはよくわからなかったけど、放射能とか電力不足とか大変だったんだよね。とにかくくそ暑いのにあんまり海とかプールとかいえない雰囲気でさ。そしたら、叔父さん、俺が連れてくって見え切っちゃって。でも約束守ってくれたもんな。大人の約束なんてのは当てにならねえって大人になって知ったけど。本当に連れてってくれたもんな。朝、迎えに来てくれたら真っ赤なアロハでさ。うちのママがひいてたじゃん。ちっちゃい車の後ろにでっかいイルカ積んで。懐かしいなあ、あのイルカ。流れるプールで俺が必死にしがみついてんのに横からどったんばったんひっくり返してさ。大笑いしてたっけ。波のプールってのもあったよね。すげえ混んでて、水の中に人じゃなくて人の隙間に水みてえな状況をさ、叔父さんかき分けて前までいってくれてさ。まてよ、思い出したぞ。叔父さんプール入る前に偉そうに溺れたら助けろよなんていってたよね？助ける、じゃなくて。俺、泳げねえからとかいって。それって大人としてどうなの？って突っ込みをいれた記憶があるよ。まあ昔の話だからね。ほら、叔父さんこぼしてるよ。そうね、しかし、こんな一緒に酒飲める時がくるなんてね。あん時、叔父さんいくつ？あん時もいい年だったけどアイドルかなんか聞いてたよね？車の中で。誰かの影響？まあ気持ちは若かったんだろうよ。今でもさ、ギターとか弾いてんの？好きなんだねえ。なんかボロクソのギター車に積んでたっけね。ええ！今でも積んであんの？よしなさいよ、それでなくたって運転だって危ない年齢なんだから。そんな、ギター弾きながら走ってたらぶつかるよ。車ん中で曲作ってんだ？よしなさいよ。そうだよ、俺にばちをさ、スティックをさ？渡して、叩いてみろなんて。俺がわかんないっていったら、こうやるんだとかいってハンドルばんばんぶっ叩きだしてさ。運転しながら。そんなこともあったよ。とにかく楽しかったよなあ。一日中遊んだもんなあ。滑り台で、どっちが早いか競争だとかいってたくせに叔父さん遅くてさ。俺が全勝したっけ。ウォータースライダーのてっぺんは意外と高くて、びびってた俺の手を握ってくれてた。帰り道にさ、お洒落な店でデザート食おうって寄った店はパン屋でさ。くそ暑いのに焼きたてパンは食えなかったよ。で、隣のコンビニでソフトクリーム買って。遊んだ後の帰り道は寂しいんだよね。叔父さん、別れ際にしつこく歯ミガキすんの忘れんなって。ああ、夏の思い出だよ。あの年の夏はさ。正直、政治も経済もよく知らないけど、あの年が激動の年だったってのは習ったよ。あれからもいろんなことがあったけどさ。いろいろあったさ。いろいろね。でも俺も大人になったよ。叔父さんはいい感じで余生を送ればいいじゃない。なに？まだ現役？なんの？歌？まだやってんの？叔父さんみたいなじじいが他にもいんの？ようやるわ。まあ好きなだけやりなよ、そんなら。もう一杯飲む？そんじゃ俺もつきあうか。すいませーん、生とね。えーと、イチゴサワーください。なんにせよ久しぶり叔父さんの顔見れてよかったよ。プールの帰りにさ。イルカをさ。くれたじゃん。もってけって。俺が持ってるよりお前がもってるほうがこいつも幸せなんだなんていってさ。なんでか涙ぐんで。それ見て、玄関前でまたママひいてたけど。でも、俺、うれしかったんだよ。あの時さ。思い出のかたちとしてね、自分のものになるってのがうれしかったんだよ。あのイルカ探せばあるかな、うちに。こんど探してみっかな。空気は抜いてあるかって？当たり前じゃん！あんなでけえもん家の中に膨らんでたら邪魔でしょうがないでしょうよ！イルカ返せ？プールにいく？お前もつきあえ？いやいや、叔父さん。悪いけどさ。さすがにこの年になってまで偏屈なじじいとプールにいきたくはないさ。それにしても今年の夏はあのイルカまじで引っ張り出してみっかな。それにしても叔父さん、さすがに老けたねえ。