二島、馬に乗る

 

 私の目の前には夜空が拡がっていた。

 輝く星で満ちている夜空に、遮るものの何もない視界が全て星だった。私は上を見上げているのではなく、仰向けになっているのでもなかった。私はただそこにいるのだった。上も下もなく、右も左もなかった。ただその夜空の中に漂っているのだった。私は輝く星を凝視していた。それは近いようで遠く、しかし遙か彼方に見えて手を伸ばせば掴めそうな気がした。私は星に手を伸ばした。

 私の伸ばした手はポールを掴んでいた。悲し気なオルゴールに合わせて上下する木製の白馬の、その背中から出ているポールを掴んでいるのだった。気が付くと四方に同じような古ぼけた馬たちが回っていた。輝く星の光を浴びてきらきら光りながら、馬たちは抜きつ抜かれつ走っていた。前方からくる馬に誰かが乗っていた。私の馬のほうが速度が速いために、徐々に追いついていった。ついに私の横に並んだ、その馬に乗っていたのは死んだはずの父親だった。ゆっくりと私の方を見た。父親はしかめ面で私を見たまま何も言わなかった。私は声をかけようとしたが、なにを話したらいいのか言葉が出てこなかった。互いに顔を見つめあったまま暫く並走した。そして徐々に父親は後方へと去っていった。私はそのまま走り続けた。いや、私の乗った馬が走り続けた。ふと逆を見ると、隣の馬にまた誰かが乗っていた。小ぶりな馬に女性が乗っていた。見覚えのあるその顔は、今朝画面でみたはずのテレビ局のアナウンサーだった。険しい表情をして、片手はポールを握り、片手には原稿をもってニュースを読み上げていた。ときおり上げるその視線は私のはるか後ろ、たぶん画面を見ている視聴者に語りかけているように思われた。私を見ているようで見ていなかった。その声は聞こえなかったが、その表情からすると話しているのは明るいニュースではないようだった。暗い顔をした彼女を乗せた馬は、徐々に速度をあげて私を乗せた馬を追い越し、やがて見えなくなった。

 木馬は回り続けた。いや、回っているというよりは星空の方がぐるぐると回転しているような感覚だった。星はどこにでもあった。足元を見れば下にも星が見えた。星空のその真中に、走っているというよりは漂っているのだった。もう見渡す限り私のほかには誰もいなかった。周りにいた馬たちも段々と数が減り、ついに私と私を乗せた馬だけになった。徐々に星の明かりが暗くなってきた。やがて私は闇に取り残された。

 

 私を呼ぶ声がした。目を開けようと試みた。難しかった。薄暗い光の中にぼんやりと何かが見えた。それが形になった。焦点が結ばれるまでに人生の大半を使い果たしたような気がしたが、ようやくその形が何なのか見えてきた。誰かの顔だった。誰の顔なのか、わからなかった。銀縁の眼鏡の奥から飛び出るような目をした男が、にやついていた。にやにやしながら、私に語りかけた。

「おう、二島。おまえな、もうちっと持つと思ったぞ」

私の身体の中に感覚が戻ってきた。視界と音声が頭に入ってくるとともに痛みと記憶が戻ってきた。痛烈な痛みがやってきた。首を動かすだけでやっとだった。私はとあるスナックの裏の駐車場で仰向けに倒れていたのだった。心持ち顔を上げると眩暈がした。意識して呼吸をし、数を数えるとそれは収まってきた。私はなんとか上体を起こし肩肘をついた。頭がぐらりとしたがなんとか持ちこたえた。

「お前をのしたやつな。ありゃ元プロだぞ。いいのが入ったもんなあ」

そういいながら眼鏡の男は笑った。中年太りの、古びた背広姿でにやついているその男を私は思い出した。

「お前な、こんなしのぎ方してっと身体持たねえぞ」

私は歯を咬み合わせてみた。激痛が走ったが歯も顎も砕けてはいないようだった。やっと上体を起こし、しかしまだ座り込んだまま私は言った。

「警官ってやつはいつだって遅れてくるもんだ」

加藤は笑った。加藤は知り合いの警官、この街の古株の刑事だった。仕事はしたが、その裏であろうと表であろうと受け取るものは受け取ったし、自分に売れるものは売った。加藤はそんな警官だった。そして私はある顔役の居所を知った。堅気ではない組織の息のかかったスナックだった。しかし元は本職のプロであるボディガードのことを知っておくには加藤に渡した金では足りなかったようだ。私はいわば当て馬のようなものだった。当て馬が馬に乗った夢を見たのだった。加藤はいった。

「お前のお守りなんぞしてられねえんだよ。あちこちつついていねえでごみ溜めへ帰れや」

私は膝をつき、ゆっくりとだがなんとか立ち上がるのに成功した。

「警官ってやつはいつだって嫌味なもんだ」私がそういうと加藤はにやついて眼鏡を外した。申し訳ないように首に纏わりついているネクタイでレンズを拭くとまた掛けなおしその飛び出るような目で私を見た。

「ごみ溜めん中這いずってるうちはいいが、線は越えんじゃねえぞ」にやついてはいるがその近眼の目は決して笑ってはいなかった。笑ってはいないがにやついている、加藤はそんな男だった。

「まあ面白えもんがみれたよ。だが続きがあんなら勝手にやれよ。俺は忙しいからな」

踵を返すと加藤は駐車場を出て表通りの方へ歩み去った。

 私はひとり取り残された。ぎしぎしと身体中がきしんだような気がした。両手を開いた。閉じた。そしてまた開いた。少なくとも身体は脳の指令通りに動くようだった。よかろう。まだ続きはある。ここで終わらせるわけにはいかない。頭上を見上げると、夜空は街の明るさで相殺され、かすかに見える星の光はあまりにも弱くそして遠かった。いっその事、ネオンも阿漕な警官も、はした金の示談金も、飲み屋の用心棒も全部まとめてごみ箱へ突っ込めればこの街も綺麗になるだろう。それに、メリーゴーランドに乗っている探偵も。だがまだ続きがある。ここで終わらせてはこの街で生きてはいけない。

 私はまたスナックの中に戻っていった。

 

LIVE at

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/5/25 sat 

 "ジミヘンLIVE" 

 

act:

はちろうはぢめ

 

 start:20:00

投げ銭

 

 

荒川沖ジミヘン

 

2024/6/2 sun

"ユウジキクチ

HOPEFUL TOUR" 

 

act:

ユウジキクチ

ブレーメン

 

open:19:30start:20:00

charge:1オーダー+投げ銭  

 

水戸90EAST

 

2024/6/8 sat 

 "サウンドホールから!

コンニチワ!Vol,23" 

 

act:

中村

武蔵野カルテット

高橋賢一

for the one

劇画タイフーン

四畳半プリン

SCREW-THREAT

 

open:17:00start:17:30 

 Charge:¥2,500(1drink+満月ポン)込

 

荻窪クラブドクター

 

2024/6/13 thu

"club doctor 24th ANNIVERSARY" 

 

act:

SHOTGUN BLADE+10,000ケルビン

ザズエイラーズ

AZU

 

open:19:00start:19:30

charge:¥2,000(+1d)